保育観の合わなかった事例 2 保育の質を高め専門性理解

NO IMAGE

保育観の合わなかった事例 2 保育の質を高め専門性理解

保育観の合わなかった事例 2  保育の質を高め専門性理解の研修

園長の考えが変わらなければ保育は変わらない・昔の保育の改善を気付きたい


事例1  乳幼児の行動に対して保育者の感性・見方・理解の仕方によって保育場面が一変してしまいます。その時に子どもが主語でなく正しい知識・技術を持っていないことを気づかないでベテランになっている実態です。

 本来はどこかで直すチャンスがあったはずですが時間がない、面倒くさい、自分は子ども好きだからこれでいいと決めつけ研修したくない・研修は必要ないなどで過ぎ去って保育をしてきている実態と思います。

 このような流れの中、複数で保育すると保育観のズレが生じても気づかない、これが一番良い保育と信じてしまうベテラン、先輩に聞けなくて間違ったまま実践している若手許している園長がいかに多いか改善しなければならない日本の教育界です。

 大学や教育行政が新しい理論と実践を結び付ける役割であるがなされていない現状です。

二歳児の子どもたちがホールでクリスマス発表会の練習を見ていました。他のクラスの子どもたちが表現する踊りや歌をしている場面を我慢して最後まで見ていた時がありました。

周りにいた保育者が二歳児に「楽しかったね」と声をかけるとすぐさまベテランの保育者が「飽きちゃったねえ」という言葉を二歳児にかけている態度が見られました。

このような言葉を二歳児にかける保育者に対して他の先生への影響と二歳児への影響を考え、改善をすることが求められます。園の理念や方針を理解していない自分中心の事例と言えます。

コメント この「飽きちゃった」という言葉を発したベテランは自分が聞いていて、見ていてつかれたという心情でした。それは園児たちが舞台で発表している時を見ていたがもっと上手に演奏していれば自分は楽しく聞けて疲れなかったのに、演奏している子どもたちが下手のため飽きてしまったのでした。

 これは飽きたのはベテランであり主語はベテランの自分と言えます。

 その場では、二歳児は我慢して最後まで騒がないで静かに聞いていた子どもたちでした。その子どもたちの姿勢を「受け入れ、認め我慢する能力を育てるのが教育です

今、人材が少なくてベテランの優秀な人材が欲しいところであるが、このような保育観を持っている人を雇ってしまった場合に園長・主任など経営者・管理者として悩むところと言えます。

1 このように保育観が合わない事例では、ルールとして子どもが主語の園として大切にしていることを園長が再度説明します。

 特に「園の方針」として「子どもが頑張っていたのを認めているので言葉として我慢・楽しかった・面白かった」といった言い方をこの園は大切にしているので子どもが主語として協力してくださいとお願いします。

 言葉で直接言えない場合は方針・方法の事例集として読んでください。といった説明をしたり渡して読んでもらうのが管理者と言えます。少しでいいから気付いてもらい全員の保育観を同じようにする配慮が求められますが、すぐには変わらないのがベテランでこだわりの強いのが保育者です。

 聞く耳を持たなく、自分が一番という世界で育った保育者には、何度も様々な事例を与えることが子どものためには大切と言えます。

 

事例2 ある保育園の二歳児が「てぶくろ」を発表会でするためにリハーサルした後、正規の担任が「頭ふらふらしていたよ」「歌、歌ってない」「じっと座っていない」と厳しく叱っていました。

 補助の立場として二歳児は楽しい雰囲気で舞台に出られればいいと思っていた。そして、本番が終わった時担任は「頑張ったね」といっただけで終わってしまった。こんなほめ方でいいのか大変疑問を感じました。

 コメント

 リーダーとサブの先生がどのようにほめる・叱ることなど約束はどのようにしていたか。保育の基本についてリーダーとサブの連携は、どのようであったか、「ほめ方としかり方のルール」は話していない実態がうかがえることになります。

 非常勤から専任保育者には話すことができない状況であり、保育観が違う相手を受け入れなく、一緒には仕事ができない雰囲気があります。このように保育観が異なると伝わらない・伝えられないとストレスとなり、一緒に保育することは子どもたちに対して不幸となります。

 複数担任がお互い気持ちよく乳幼児を愛する場が保育です。聞く耳を持たない相手と複数で保育する困難さです。

本番が終わって子どもたちに能力があることを伝える時「頑張ったね」だけ、子どもに共感しないやらせればいいという姿勢・自分のやり方に合っていればそれでいい、具体的にほめなくても本番ができていればそれでいいという態度と言えます。

歌や踊りや言葉などの表現を通して、練習の時に「〇〇を注意したのができていて頑張ったね」と具体的に、どこを頑張ったかがないために二歳児には全く通じていないほめ方と言えます。

このような保育を改良するためには園長・主任は子どもの立場・発達が偏っていることを把握することが第一です。園長として保育観のズレを見抜く資質・能力を持つことになります

 ベテランに任せているからいいでなく時々子どもの目・耳・手・足になってみると主語が違うことが理解できる場合となります。

 子ども不在と感じる感性を園長・主任は持つことが原則になります。

 

園の理念と方針」を整理してお互いが共有していなければ子どもが不幸となります。園の理念はすぐ忘れてしまうので行事の時、時々読ませること・話すことが経営者として保育観の共有を持たせるには時と場が大切になります。

 

 事例3 年少組に合奏の指揮をしているときに、大太鼓を叩きたくなるような指揮でなかったために太鼓が少しずつ遅れて叩いていた。しかし、保育者本人は指揮の知識も技術もないままに年少組の合奏を教えていた。

 叩きたくなるためにブレス・息継ぎが必要、そして指揮をしっかりと見させてサインを出すことであるが、年少の担任は自分が一生懸命となりブレスを取っていないこと、間がないためにばらばらになってしまっていた。

 このような音楽の知識や技術を正しく伝えるのが園長・主任と言えます。園長・主任は正しい知識や技術を伝えると同時にもっと子どもの発達のために努力したくなる雰囲気をつくることが重要と言えます。さらに合奏の指揮でブレスを取り入れて園児と担任に具体的に示すこと、そして楽しくなる合奏の説明をわかりやすくするために正しい知識・情報を持つ努力をしなければなりません。

 周りの先生は、時々子どもの目・耳・手・足になることでわかりやすい示し方と説明が正しいか確認できます。環境の再構成を主任はすることが必要になります。そして、そのままにするのでなく解かりやすい説明を丁寧に・優しく/繰り返し伝えることで保育の質が高まります。

 

事例4 踊りの練習をしている場面ですべて怒ってばかりで楽しくない雰囲気が見られるのは、補助の先生も一緒になってできない箇所を注意ばかりしているといえます。

 補助の先生はリーダーの怒っている姿を見て、自分は後輩だから一緒に怒らないといけない、怒っているのはつまらない、面白くないという気持ちに結び付いていると思います。子どもが好きでこの保育者という仕事に入った人の心情と思います。

 補助はほめる側になって耳元でささやいてほしいものです。また、手を握ったり、肩に触って受け入れたり、できている子を目で褒めたりする役目があります。温かい愛のある雰囲気づくりをする補助が必要と言えます。しかし、それを周囲には言えない立場であると笑顔がないストレスの保育者生活に結び付きます

 園長・主任は複数で怒ってばかりいる複数を見つけたならば後輩や言えない立場の保育者と一人ひとりで対話が必要ということを把握していたいものです。

 重要なことは怒らなくてもいい指導をすることです。

 立つ位置がわからなくて舞台の板ばかり向いている場合は色のついたテープを貼り、わかりやすく説明すること、踊りたくなる曲を選んでいるか、ふりを何度も変えるような演出をしていないか、子どもの資質と能力に合わせた選曲と演出を早めに作成して先生が安定して指導することで怒らなくていい保育を心掛けることが大切と言えます。

 特に、複数の場合保育観が異ならないように打ち合わせをすることです。

事例5

 二歳児クラス 未満児は素足保育。帰りのお迎えに来る時間がちがっている。早くくる子に合せて全員靴下をはいて待っている。おもちゃしまわれて何もないので保育室内を走る子に「危ないから走らないで」という叱る保育をしている。

 このような帰りの保育場面は多くみられる実態です。

 誰が主語か、先生の都合で裸足にしているのであって子どもは素足・裸足でなくて上靴をはいて安全に遊んでいたいはずです。「養護に包まれて教育がある」を考えるならば靴は母親に返す時に、履き替えさせれば済むのではないでしょうか。「主語はだーれ」と言えます。

 

 複数担任のクラスで、保育観の違う相手とクラスの中で一緒にいることを気が付く園長や主任でいたいものです。

なぜか、保育者は、保育をしたいのは子ども大好きだから、先輩の先生のご機嫌や間違った指導に付き合うために仕事をしているのではないということを気付くことです。

 気づいたらそれを改善する資質と能力を高めることが日本の保育の質を見直すことになります。お金第一主義の就職をしたい人を改善する努力が求められます。 

 

1
保育は楽しい。 2 乳幼児は一緒にいるだけでかわいい 3 笑顔に包まれている幸せをいつまでも味わっていたい  4 ありがとうの飛び交うのが保育現場  5 温かい小さな手のぬくもりを味わうのが保育。6 20年先の出会いがあるのが保育の奥の深さ

 

保育の良さを学生や中学生、途中で挫折した子ども大好きな保育者へ伝える愛を現場から発信するチャンスを作ることが課題と言えます。

飯田和也の「保育の基本」カテゴリの最新記事