先回り・世話のやきすぎから望ましい親になるには

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指導計画に書かれたねらいと内容、環境構成、保育士の援助について点検・評価・改善への手がかり。   「時々理念を思い出して立案と実践を」

       東海学園大学・客員教授 国際子ども研究所所長

                    飯田 和也

 

  保育指針3章保育の内容は「ねらい」及び「内容」で構成される。「ねらい」は、1章「総則」に示された保育の目標をより具体化したものであり、子どもが保育所において、安定した生活を送り、充実した活動ができるように、保育士等が行わなければならない事項及び子どもが身につけることが望まれる心情、意欲、態度などの事項を示したものである、と述べています。

 

ここで重要な事が「目標をより具体化」の文です。

 

「ねらい」をほとんどが望ましい活動のねらいと勘違いしている保育者が多いのではないか。昔の昭和の保育のように活動のねらいを考えるのでなく、保育所で乳幼児が安定した生活を送り、充実した活動が大前提となります。

 

散歩の場面では、散歩の最中に安全に保育者から見守られ、命を守られ手いる事、そして安定とは、散歩の時、自分が自然事象など感じたことを受け入れられたり、友達に認められている中で鳥の声を聴いてよかった、凍りに触れてよかった、きれいな花を見つけられた、先生やともだちとしゃべる事が出来たという充実感が得られます。それによりこの保育所でもっと○○したいという意欲が湧き、人や物を愛する態度・忍耐する態度「生きる力」となります。

 

例えば、ねらいに「散歩を楽しむ」と立案し散歩の望ましい活動を考え、実践することであると考え、目標を疎かにした歩く時の約束、事象への関わり方に限った立案している場合が見られます。これは昭和の指導計画と同じであって保育者が保育課程を考えない勝手に考えた立案になりやすく保育の目標を具体化したと言えない場合で改善する事になります。

 

目標の具体化とは、奥が深く保育所にいる子どもの発達を偏らせないために五領域で捉えること、また目標は将来生きていく上で「自我能力と主体性」を身につける発達を保障する教育のための文です。当然保育者が行う「養護」の文も含まれます。さらには、子ども同士のかかわりから身体的・知的・情緒的・社会的・道徳的発達を身につける教育を立案し実践する基本になります。

 

  創立の理念の中には、公立でも民間でも地域の環境を大切に園の周囲の人々とのかかわりを通して、地域から共に育てられている保育所や園児たちという発想もあります。自分の保育所だけでなく地域の環境を大切にきれいにし、感謝する態度と散歩を通して発達を気づかせ・味あわせる事になります

 

。従って、散歩で地域のすばらしい環境を感じること、人々との生活を一緒にすること、散歩で生活経験を広める場を大事にして欲しいという公私立とも創設者の理念「根本」を再確認する事で「ねらい」の立案の改善に結びつきます。

 

   散歩を通して第1章 総則の保育の目標は活動の目標でなく「現在を最も良くいき、望ましい未来を作り出す力を培うために大人がする養護と子どもに身につける教育」を目標と明確にしています。といった散歩を上手にする昭和の保育のように活動を137で整理した、六領域の望ましい活動でなく生きる力「発達」の保育実践に結びつけることです。

  従って、ねらいは保育者の自分でかってに考えたものではありません。活動から考える狭い捉え方でなく発達の方向性です。

 

 方向性とは、子どもたちを上手に○○させる、仕向ける保育実践ではなく、今日上手にできなくても良い、卒園までに出来れば良い、だめであれば小学校に入ってからで良い、将来のために生きる力を蓄える時期でいいと言う考えです。

  自分の園の保育の目標として養護、そして心身の健康、人間関係、環境へのかかわり、言葉の大切さ、感性と創造性の芽生えを身につける教育のためです。それも創設者の理念・子ども最善の利益を理解し、発達過程「おおむね○歳」を会得していなければばらばらな計画と実践になります。

 

 ねらいの立案は、乳幼児の活動を前提にした言葉でなく、自分の保育所の保育課程を理解し自分が受け持っている年齢の発達過程としておおむね○歳の二ヵ年分を基本的に会得していなければなりません。つまり四月は二歳でも途中から三歳になります。このように発達は連続しているということを理解し、地域の実態、子どもの実情、保護者の要望、理念や目的、目標を考慮して具体化であるねらいが立案されます。

 

 ねらいの立案には、時々このように理念や目的、目標を思い出す事で一人ひとりの発達を保障し愛する保育に結びつく事になります。

 自分が立案した「ねらい」を点検・評価するとき、このように目標を具体化したねらいを理解していないと言葉の使い方で(…を知る)といった知らないから知るような体験を求める言葉が出てきます。

 

 この知るは発達の方向でなく到達目標に近くなってしまいます。散歩の事例のねらいでは「散歩を通して交通ルールを知る」といった交通ルールを知らないので知るような散歩の立案と保育実践となり、交通ルールを知らせるための歩き方中心の実践になりやすいといえます。

 

 また、お店屋さんごっこのねらいでは(お金を使って役割りを知る)と言う言葉では、売り手や買い手の役割りを知らせるためのごっこになってしまいます。お店やさんごっこで売ったり、買ったりしてやりとりを楽しむことで、売れた喜びや買えた充実感を味わうことで物との関わり、人との関わりを広げたり・深めたりすることになります。

 

 子ども同士のかかわりから身体的・知的・社会的・道徳的発達を身につけることができる「ごっこ遊び」に結びつきます。

 

「やらせる保育」の「知る・世話する・参加する」という立案から「楽しむ・味わう・広める・深める・しようとする」乳幼児の心情・意欲・態度を大切にした保育実践ができるための言葉の使い方が重要です。

また「目標をより具体化したねらい」を考慮すると、理念の中に養護の考えである命の大切さや地域を大事にし、子どものため保育者が散歩の時、お店やさんごっこをしている時にも、命を守る・情緒の安定を図り、生理的欲求を満たし、保健衛生的にすることを養護の「ねらい」として「図る・する」という大人がすることも入れることです。

 

この基本を考える時、自分の園の創設の根本「理念」を時々思い浮かばなければなりません。地域の子どもの発達「困難を乗り切っていく力を身につけてね。人に言われないでも主体的に行動してね、しかし、人に迷惑かけないでね、地球や人類を大切にする生き方を身につけてね、家族を大切に人から愛され、人を愛する生き方を身につけてね・・・・感謝する生き方を身につけてね」など福祉観・教育観・宗教性・人生観など創立者の様々な願いが理念にこめられています

 

職員は理念を勝手に解釈しないことです。

 

そのためには保育所の園長は創設の根本である理念や創設時の苦労した事、歴史を全職員に理解できるような説明を時々しなければなりません。

 

 保育の目的は「乳幼児の最善の利益」となります。ねらいや内容を立案する時に子どもの立場になっている事・大人の都合の環境構成であったり、大人の立場で発達支援することではありません。

 

 発達特性にある発達の個人差を把握していれば、子どもの目・耳・手・足に合った散歩の距離・場所・季節・雰囲気を考慮して一年間を計画します。そして「目標をより具体化したねらい」を考慮した立案を通して、一人ひとりの発達をみつめ、発達を気づかせ、発達を保障する実践にしたいものです。

 

 しかし、発達を捉えていない到達目標になっている散歩や○○ごっこの場合を点検・評価し「発達の方向性と発達過程おおむね○歳」を配慮できる「ねらい」に改善したいものです。

 

 時々、保育所の創設の理念を思い出して指導計画や実践をすることで、自己満足な保育を点検・評価し改善したいものです。

 

この子は生まれつき身体が弱い、いつものろのろしている子、ようやく望まれた子などそれぞれの家庭の環境や条件があって子どもは育っています。

今回は、そのような環境や条件から過剰な干渉として「危ない・危ないと言いすぎたり」「転ぶと怪我するから外で遊んでいけません」靴を履ける能力ができたのに、まだ幼い・まだ早いと思いこみ、子どもが履こうかなと感じているのを無視して「さきに靴をはかせたり」先回りをする育て方があります。

 

また、「服のボタンを全てかけたり」「ご飯をスプーンで全部たべさせたり」「手洗いも出来るのに丁寧に洗ってあげる」世話のしすぎもあります。様々な条件や家庭環境により、このような誤った親の態度になる場合があります。

 

子どもに対して愛情があるが言いすぎたり、世話のやきすぎで保護が過ぎる場合と言えます。また、砂遊びをして病気になるのではないか、友だちと喧嘩して泣かされているのではないか、おしっこをしたいのにトイレに行きたいと言えなくて失敗しているのでないか、外出しているが車の事故にあっているのでないかといった過度の心配しすぎる場合もあります。

 このような育て方を受けた子どものなかでは、自分でボタンをかけようとしない子、ご飯を自分から食べようとしない子、靴を脱いで靴箱に自分からしまうことができないといった生活習慣の発達が遅れて自立心の少ない子となります。

 

また、友だちの中に積極的に入ろうとしないで引っ込み思案やちょっとのことでびっくりするなど臆病な態度にもなります。さらには、大人や友だちに手伝ってもらう事や自分で考えないで答えを教えてという依存心の強い生き方を身につけてしまう傾向があります。

大きくなってからできないことを他人の理由にしたり、掃除当番をさぼったり、与えられた仕事を最後までやりきることが出来ない責任感の薄い行動も見られます。特に気をつけなければならない事に少しの事でクヨクヨしたり、気にしすぎる神経質になる場合で失敗を恐れておおらかな行動がとれなくなる傾向が見られます。

そして、友だち関係で距離感がうまくいかないために集団での行動が苦手となることも考えさせられます。

 

 では望ましい親になるには、度を越した世話のやきすぎ、先回りは思いとどまることです。寒いからとすぐに厚着にさせたり、疲れただろうからとすぐに抱いたり、箸はまだ早いからスプーンにして食べさせたり、嫌いなものは食べさせる必要がないから料理しないで食卓に出さないという態度を改める事です。

 

 周囲の大人の子どもへの触れ合いを参考にして自分だけの考え・尺度が強すぎている事を時々見直します。はさみを使わせる事は危ない、折り紙はまだ、手伝いは出来ないだろうとかってに決め付けない事です。また、子どもに適度の要求を与え、いつまでも赤ちゃん扱いにしないこと、三歳児でも片付けを自分でさせ、おもちゃも自分で元に戻したら片づけ方で工夫しているところをほめる。

 同年齢の子どもたちと遊ばせることで能力がある事を見つけます。近所の子どもたちが遊んでいる近くに連れて行き、友達の行動を見させる事から始め、子どもの性格や能力を観察させると同時に遊び方を真似させ仲間づくりが大切になります。

 

 同年齢の子どもと遊ばせる事でおもちゃの取り合いをしたり、大きな声を聞いたり、意地悪されたり、自分を出したりして人間関係を学んだり、自分の力を気づいたりさせながらこの子には自分で出来る様々な力があることを理解します。

 

 半年前の姿を見つめる事で、しゃべること・食べる事・トイレ・脱ぐ・履くなど子どもには能力があることを見つける事です。そして、子どもの能力を信じる事で言い過ぎや過保護な態度を見直すことで大きく成長・発達することになります。

             園長 飯田 和也

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