統括園長 飯田 和也
「私は、がんになって有難うと言う言葉を使ったらそんなこと言う人は病院にいないと言われても入院している人が集まってきた」がんになって二度も手術をして大きな声が出なくかすれて小さな声となり、やっとヨチヨチと歩ける状態となった元保育園の園長先生の言葉を紹介します。
がんにかかり入院したときに、生きているありがたさ、見舞いに来る息子や孫を見るだけ、声を聴いているだけで幸せを味わうことができました。
入院してお見舞いの人や病室の人と触れ合うときに生きている事を感謝する態度として「ありがとう」と「笑顔」を振りまいていたら、他の病室の人や様々な人が〈話を聴きたい〉「自分のことを聴いて欲しいから会いたい」「会うことで温かい雰囲気になれるというので会いたい」ということで入院している時に多くの人に会いました。
その時にがんになって一人でないということを理解する体験に出会い「ありがとう」と思うことで笑顔に包まれました。
するとさらに多くの人と出会うことになり生きる力を頂きました。
このような生き方に結びついたのも「先生から子どもには笑顔と温かい雰囲気としてありがとうを与えることで生きる力を与える教育を教えられました。
今日は何年ぶりかですが、声も出なくなり歩けなくなってきました。会うことが最後の時と思います。
どうしてもお会いしてこのように有難うと言える生き方のお礼を言いたくて来ました」とかすれた小さな声とヨチヨチ歩きながら近づいて、私の手を握って涙をぽろぽろと出すのでした。
保育者として定年になるまで「温かい愛のある雰囲気として有難うと笑顔が生き抜く力に結びつきますよ」という研修会を一緒にしていた仲間です。
子ども達に生き抜く力を与えていた事が、自分の最後を迎える時に笑顔と感謝ができる幸せを味わう仲間でした。
子どもに教えるだけでなく最後に自分が実践して生きている姿、それも毎日、笑顔と有難うでまとめている素晴らしさと生きる力を眼の前にして感動する別れになりました。
このような生き方は「困難な時にあっては、まず、そのさい感謝するものを探し求め、それに対して素直に感謝せよ。「ヒルティの言葉・正木正訳。」
待つのでなく探すこと。そして素直に感謝する。この習慣は絶えざる努力なくして獲得されなくこの元園長先生の生き様ですね。