愛されて育った子は人を愛する態度を持ち続ける

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                         東海学園大学 飯田 和也

 

 研修で何を高めるかと言う事を明確に持たなければなりません。保育の質を高めるためには保育の基本として指導計画立案を点検評価し、技術だけでなく知識も保育実践に結びつけることが重要です。

 

このときに経験と勘だけで評価することでなく、知識として発達を抑えると幅ひろく、さらには一人ひとりの乳幼児を愛する事になります。温かく愛のある雰囲気、そこには保護者との信頼関係に結びつき、又、子ども最善の利益となります。このように、今までの経験と勘という視点と異なった発達を愛する点検・評価する事で改善するチャンスをつくりました。

 

 自分の立案について点検・評価する仕方について研修します。自己点検のあり方として自分の日案・週案・月案を用意します。

 

点検・評価しやすい個所として援助・配慮欄の文章に癖が出ています。時々、文章に見られる事例「片付け方を知らせる」といった立案をチェックします。このような立案では発達を具体的にどのように保障したかが明確になりません。この部分をどのように点検・評価する能力を持つかに保育の質が高まるかが問われるといえます。

 

 チェックすると知らせるための『問いかけは、どのようにしますか』そして『問いかけた後をどのように持ちますか』また「片付けた後」先生片付けた見てというサインが出た時『どのように共感するか』といった「片付け方を知らせる」と言っても改善に結びつかない・具体的な立案が全く見られない場合となります。

 

 このような立案の弱点・問題点・疑問点を自覚する研修が今後の保育の質を高める時に求められます。従って、これらを解決するためには自分の立案を自己点検・自己評価する視点を明確にする必要があります。

 

 自分の指導計画をチェックする眼として援助欄の文章に『抱き上手・笑顔・優しい言葉・肌のぬくもり・解ることば・受け入れられている・認められている・心情を代弁される・できた事を共感される・辛い時慰めを受ける・失敗した時励まされる・子どもからほめられる』といった言葉が書いてある箇所にはハートマークを示す事を始めてもらいます。

 

 第二に文章の中でこれらを挿入した文章が良いと思った箇所に朱色で記入してもらいます。

 このような自己点検・自己評価を通して保育実践において乳幼児への愛し方ががらりと変容する自分を自覚する事で保育の質が高まることに結びつきます。

 

 又、この自己点検・評価をする事で半年前・一年前の自分の保育実践では気づかなかった一人ひとりの発達を愛する立案と、実践が変容した事を自覚でき眼からうろこがとれた感覚になります。

 

  研修で準備するもの『各自の日案・週案・月案のうち援助・配慮欄一ページで十分といえます。

 

小学校・中学校になって幼児期に愛された子とそうでない子の差がつく場合があります。幼い時に親の愛情をたっぷりと与えること、保育の中でも保育者から温かい愛のある雰囲気を与えたいものです。

 

 幼児期に親や先生・友達から愛されて育った子は小学校に行ってから「人の話をじっと聴く態度」があり、『先生・先生と注意を引くことも少ない』また「机に向かって椅子にじっと座って我慢する事」もできます。

 

 しかし、幼児期に親や先生から愛される事が少ないと小学校に行ってから「じっと我慢して人の話しを聞く態度が少なく」「友達への態度も相手のことを理解できない、自分勝手な行動や無責任な態度」などがあります。

 

 そして、高校生まで学校や家庭、社会で認められ、受け入れられることがない愛情の少ない環境で育った場合に出会う事があります。

 

 私は大学生に講義をしている時、高校生まで親や先生から愛されて育っていない学生が「人の話を聴く態度が育っていない」『教室に帽子を被って講義を受ける』「講義中黙って外に出て行く」『ガムを噛んで講義を受ける』『携帯電話をこそこそとする』といった人に迷惑を平気で与える、自分勝手な行動をするという周囲への気配りや雰囲気を大切に出来ない大人に育っている場合が見られます。

 

 このように人への思いやり「道徳的発達」が育っていない環境を過ごしてきている学生には最初に講義を受ける約束を必ず具体的に示し・説明し社会的知識を身につけて欲しいと願う講義をしています。そして、特に教育者や保育者を育てる時の最後の時間にフランスのセガン「障がい児教育で最も有名な人のことば」を伝えています。

 

そのことばは『全ての子どもたちは愛されることによって人を愛する事が判っていくのであろう。この子どもたちを良くする仕事に献身している人たち以上にこのことを示せる人がいるだろうか。

 

彼らの視覚、聴覚、その他の感覚を発達させるのと同じく、彼らの愛情の感覚を発達させるには新しい道具や新しい教師が必要なのではない。必要なのは彼らの感じる力にまで愛情を届かせてやる事なのである。

 

自分は愛されているのだとその子どもに感じさせ、次には熱心に人を愛させるという事がわれわれの教育の始めであり終わりなのである。もし、われわれがその子どもたちを愛しているのなら、彼らもそれを感じ、やがては同じように互いに愛し合うようになるのである。愛されておれば、彼らもその限られた能力でもって、いろいろな程度に人を愛するのである。』

 

 この文章と出会った教師や保育者の中で子どもたちを心から愛している人々は涙を流し、自分の教育観の見直しをする感動の体験が与えられます。

 

 私も教育の原点として時々学生の最後の日、特に将来・保育者や教師を目指している学生、そして一人ひとりの発達を愛する研修会の終わりに読み直す機会を与えられ本当に一人ひとりを愛しているか反省する事になります。

 この文章は教師だけでなく全てのお母さん・お父さんにも是非時々読んでいただきたいと願ってまとめました。

 

 愛されて育った子は 「ありがとう」が言えます

 愛されて育った子は 「幸せ」を感じます

 愛されて育った子は 「じっと人の話を聴きます」

 愛されて育った子は 「笑顔」が素敵です

 愛されて育った子は 「ぬくもり」が与えられます

 愛されて育った子は 「おもいやり」が身につきます

 愛されて育った子は 「人を愛する心」が育ちます

 

これからもお父さん・お母さん方とたくさん・たくさん子どもたちを一緒に愛してあげたいですね。    

 園長  飯田 和也

     

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