子どもが言葉で言い表すことができない喜怒哀楽「心情」を大切にしていますか「おかあさん」

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 人生は様々な出会いによって大きくかわることがあります。1000年に一度という地震と津波に遭わなければ幸せな家族で過ごしていることができたのに、家は流され、家族も失くし、一人ぽっちになってしまった人が大勢います。
 被災地に立つと瓦礫の山、山、そして土台だけの家、車がぐちゃぐちゃに押しつぶされたままの形、大きな船が陸の上に上がったままの姿、電信柱はボロボロ、鉄筋コンクリートのビルが根こそぎ横倒しに倒れたまま、砂ほこりとなんともいえない匂い、だだっ広い中で東西南北が把握できない感覚、毎日続くお葬式、夜になるとドロボー、時々襲う余震の恐怖、いつまで続くのか不安な日々を味わっている人々の生活があります。
 震災から四ヶ月経って被災地に立ち、悲惨な状態を眼の前にして涙がこみ上げてくると同時に『地震・津波のばかやろー』とつい大声で叫びたくなりました。今、保育園の子どもたちの中で『お葬式ごっこ』や「津波の中に人がおぼれている絵」通っていた保育園が無くなり新しい保育園に行かなければならないとき毎朝、お母さんから離れることが出来なくて泣いている子どもたちが多くいます。余震が来ると大きなテーブルの下に真っ先に隠れて震えている子もいます。テレビで取り上げられていた名取市の保育所は現在コンクリートや瓦礫の山となっていて保育所の面影はまったく見つかりませんでした。
 市の土地のために砕石場となりガラガラと大きな音を立てて高く積まれたコンクリートの破片をベルトコンベアーで以前子どもたちが遊んでいた場所で小さな石につぶしている場を見て保育者として大変胸が裂ける思いがしました。
 記録の写真集で見たきれいな黄色の老人施設の建物や、つぶれかかった家々。ほこりの中を走り回るトラックの中で、園長先生から「海のほうに向かって自家用車を取りに行き、片足の靴も脱げていたが必死で子どもの命を護るため津波が来るほうに走ったのです。」そして「子どもを連れていち早く逃げる。独自の逃げるルートを決める。落ち合う場所は学校。」先生と添乗者そして10人前後を必死に車に乗せて逃げた。途中の五差路は事故や渋滞のために独自で逃げ、時速115キロと言うものすごい速さと力の津波に対して命を必死で護った話を聞くことができました。
 3時30分一度に津波が押し寄せ「このまま死ぬのだなあ、保育士として子どもと一緒に死ぬのだなあ」日が暮れて真っ暗になりプロパンガスの爆発が響いている中、子どもから『ママは』と問われて言葉に詰まりながら『ママね。いっぱいお水が来て、泥んこですぐ来られないけれど先生や友達とまっていようね』と一人の先生が四人の子どもたちをひざの上に寝かせて落ち着かせたそうです。
 又、水がない時学校に流れてきたコカコーラの車の中からジュースで水分を補給して朝を迎え、三階から校庭を見ると車と瓦礫、そして死体がたくさん浮かんでいたのを見て『子どもたちには窓に近づけないで』と叫んで見せない配慮をしたそうです。
 ある園は近くの高い駅ビルに助けを求めたが断られた。停電のために車のテレビとラジオで津波が来るということでとっさの判断で普通のはしごを使って保育園の屋根の上に抱いたり、おんぶして子どもたちを上げた。屋根にシートを敷いて、あるだけの布団を持ち上げてそこに乳幼児を集めた。その日は寒くて雪が降り始め低体温で命を失くさないようにブルーシートでドームを作り、乳児を真ん中にしてまわりを年長の子どもたちが囲み、先生がその周りを肌のぬくもりで暖を取って命を護ったということでした。
 このように津波の中、真っ暗闇で雪の中、必死に子どもたちの命を護り、保護者に次の日に渡した先生たちの努力があり大勢が助かった現実もありました。今でも瓦礫の下にわが子の姿を追い求めている母親がいます。このように大人として子どもの命を護ること、命の大切さ、生きる力を子どもに伝えたいものです

園長 飯田 和也
 昨年亀岡市のソロプチミストのグループが保健センターを南の島に寄付しました。その後どのような状況かを視察してきました。
 そこは一日50名ほどの女性が妊娠診断や検診、子どもの三種混合やはしか予防接種、歯科検診に訪れるそうです。市から助産師二名と歯科一名がいて後はボランティアの人たちが一週間に一回協力していました。昨年までは狭くて暗く風通しも悪い中を新しく改築となり人々に大変喜ばれていました。「明るくなったこと、カーテンもついて温かい雰囲気で風も入りきれいで涼しく感じる」といった施設が変わった感想がありました。所長やボランティアの人に「何か今、必要なものはありますか、」と問いかけると口々に「ベットが一つしかないのでもう一つ欲しい、血圧計が古いのが一つだけで新しいのが必要です、聴診器も一つしかないので欲しい、体温計や体重計も必要・日本では見たこともない古いものでした、ガーゼも足りない入れる器もない」と次々と要求が出てきました。改めて部屋を見渡すと使い古した器具をペットボトルの中にいれたり、ガーゼも少ない、はさみもない、冷蔵庫には少しの薬品しか見られない状況です。このように世界には薬も少なく医療器具もない中で必死に生きている人々がいます。また、子どもたちには日本のように丈夫な新聞紙やきれいなチラシもありません。日本の子どもたちのようにいつでも丈夫な新聞紙で兜を折ったり、飛行機を作ったり、白い個所に女の子の顔や身体を描いたり、花を描く事はできません。鉛筆もクレヨンも自由に使うものがない中で鬼ごっこや石ころで遊んでいました。十代の若者に一年生のひらがな表や漢字表を見せると「あいうえお」とか「あかさたなはまやらわ」を教えると片言で一つずつ「あ」と言うと「ああ・」「いぃー」「あかーさーたぁーなぁー」必死に覚えようという姿勢が見られました。働く場がない若者が少しでも新しい体験として日本語に興味を持ってそして身につけたいという数すくないチャンスをものにしようという意欲が見られました。又、他の若者も「あ」の書き方、漢字など簡単な文字に興味を持って身につけたいという態度がありました。ローマ字で目・鼻・口・頭・肩・・と身体の部位を示して言い方と名前を書いて覚える姿が見られました。今、学生で勉強しているが日本大好きという事で仕事が少ないので、将来日本に行って働きたいという若者の一人でした。

 ここで教えられたのは働きたいという目的や生きたいという意欲をもったときには、少しのチャンスでも自分の生きる力にしようと積極的にかかわる意欲を持つという姿勢でした。保健センターでは薬品や設備のない中でわが子を産む施設を何とかよくしたい、わが子が病気にならないために注射の器具や薬品などが欲しいという子どもを愛する心は世界中一緒と思いました。

 勉強したいというチャンスは、いつでも勉強はできるとか、勉強するひらがなやカタカナなど刺激を与えれば身につくというものではないと教えられました。教材がありすぎる場として紙でも折り紙でも鉛筆もクレヨンもはさみもなんでも与えられている恵まれた日本の環境がすべていいというものではないと感じる場となりました。いつもないというのも困ります、しかし、時には勉強から全く離れる時があり、勉強したくなる事も重要と言えます。また、教材や物がありすぎるのでなく全くないときにある時のありがたさも体験する必要を教えられました。音楽もいつもきれいな音だけでなく休符の音のない世界があってきれいに感じるのと同じように今、刺激がありすぎたり、物が十分ある事を感謝すると同時に困難を乗り切る力に結びつくような刺激のない時と場所が子どもたちや若者にも必要な事を教えられた南の島からの出会いとなりました

園長 飯田 和也

 三歳児が久しぶりにかわいがってくれる人に会ったとき「わっはっは○○ちゃん」と大声で「逢ってうれしい」といえないときに笑うことがあります。また、三歳児が「いーいー」と言いながらニコニコしているとき「先生見た」と言えないが見つけたときの喜びをつたない言葉で表すこともあります。いつも腕にアンパンマンの顔を描いたり、プリキュアの顔を描いたり、ゴーカイジャーの顔を描いていると「黙って腕を出して」要求してくる子もいます。また、職員室の入り口のガラスに顔を引っ付け自分の先生がどこにいるかなとさらに鼻をぺチャーと押し当て、ガラスには鼻水がベターとつけながら(先生見つけた)と言えません、しかし、見てと言えないために手にもっているブロックのおもちゃでとんとんとガラスをたたいて「先生遊んで」と言葉に言い表すことができないためにトントンとガラスを叩いている幼児がいます。また、友達同士が手をつないで「○○先生を見つけた時(先生見つけた)と言えないが「あっはっは」と喜び見つけたことを味わっている子どもたちもいます。赤ちゃんを抱き上げて高い高いをすると(あっはっは)と一度はよろこぶが何度もしていると次第に(あっはっは)をよく見ると表情は引きつっている姿も見られ「怖い」と言えない心情も見られます。

 言葉が出始めた一歳前後から三歳ごろまでの乳幼児は言葉に言い表すことができない喜怒哀楽「心情」をお母さんは見つけていますか、気づいていますか、そして受け入れる対応をしていますか。そのお母さんの対応によって将来、乳幼児は大きく性格や態度が異なります。乳幼児の言葉に言い表すことができない心情を受け入れられたり、認められることで自分は愛されていると感じ、情緒が安定します。この安心感から自分は怒ってもいい、悲しんでもいい、喜んでもいい、楽しんでも大丈夫と自分自身を素直に表出することになります。すると失敗してもいい、間違っていても安心という感覚になり自分で○○する「主体的」な行為に結びつきます。しかし、母親は泣いていることが理解できないから泣いてはダメ、何怒っているのうるさいねえ、何笑っているの、子どもにとっては怒るのもダメ、笑うのもダメという感覚に結びつく場合もあります。また、母親が何話しているの理解できないからはっきり話して、もう一度言って御覧なさいと言いなおしさせたりすることで(もう話したくない)という気持ちや喜怒哀楽を自由に表現しなくなる場合があります。

母親のわかろうとする態度、受け入れる心があることで母親の表情はガラリと違います。可愛いなあ・失敗してもいいよ・一生懸命伝えようとしているね、間違っていても大丈夫という態度で乳幼児のかかわる力を見つけることが子どもにとっては安心となります。この母親や友達と一緒にいたいという気持ちを周囲の大人が認めることで乳幼児は情緒が安定して人にかかわる力を持ちます。しかし、乳幼児の言葉に言い表すことができない喜怒哀楽(心情)を見つけることに努力しない人の周囲にいる乳幼児は不幸と言えます。受け入れられないために表情が硬かったり、自分に自信が持てなかったり、母親や大人、友達にかかわる力が偏ってしまうことで孤独な状況の生活となります。

 この乳幼児のときに(愛される雰囲気)を味わうことで自分から○○する主体的な行動に結びつき、人にかかわったり、物事に積極的にかかわり見ること・聞くこと・触ること・真似することなど知的発達や人とかかわる社会的知識が育ち、さらに愛されることで情緒的発達・道徳的発達に結びつきます。乳幼児の心を理解したいものですね。

 

園長 飯田 和也

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