問いかけをして間をとりできないと悔しがり、次に助言をし、間を取りできたら共感していますか『お母さん』

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問いかけをして間をとりできないと悔しがり、次に助言をし、間を取りできたら共感していますか『お母さん』

 子どもが将来困難を乗り切る力と自分で○○する生き方を身につけて欲しいと願うのが親です。しかし、親が問いかけをしないで答えを言いすぎ、与えすぎていると子どもは自分で考えることをしなくなります。また、周囲にいる大人から答えを言われていることで安定しノロノロした行動をする場合も見られます。反対に「お母さん、見て・見て」と言われても面倒であるとか今、忙しいから後でといった無関心な態度では、人や物を大切にして自分で生きる力はなかなか身につきません。

子どもが本来持っている自分から聴く力、見る力、触る力、匂いを嗅ぐ力、そして二歳ごろからまねる力などを見ない・見れない・見ようとしないで大人の都合で押し付けていることを見直したいものです。大人の都合だけでなく子どもの最善の利益になっているか、そして生きる力に結びついているかを気づきたいものです。「蛙がいっぱい鳴いているよ、よく聞いてみて」子どもは当然蛙の声が聞こえているのでうるさいと言いたい心情。『ハイ・見て見て飛行機・飛行機飛んでるよ』僕は車に興味あるのに見たくないのにやだなあ。『川の水つめたいから触ってごらん』私はタンポポがきれいだからとっているのにつまんない。「お兄ちゃんやお姉ちゃんの真似」したら『まねばかりしてだめ』このように子どもは自分から○○する能力を持っています。

ここで大人として大事なことは子どもには、生まれてすぐ自分から聞くこと、見ること、触ること、飲んだりする能力があります。このように自分で○○する力を持っていることを信じることを見失ってしまう親がいます。蛙を見つけて、黒い色と黄色い色、茶色などを混ぜて「かえるはゲロげろゲロ」と言葉を使って形らしきものを描いているのを見つけたお母さん「かえるは緑でしょう」「緑よ緑に塗って」と言って緑のクレヨンを持ち直させ塗り始めると「もっと丁寧に、きれいに」と手を持って一緒に塗り始めました。まったく「間」がない場面です、子どもが考えている時を見つけないで決め付けて押し付けてしまう育て方と言えます。お母さんの絵を描く場面から「お母さんの目どんな形かな」「お母さんの口は何色かな」「お母さんの髪の毛の色はどんな色かな」と言った問いかけをすることで子どもはお母さんの顔を見ます。また、いつも見ているお母さんをさらに観察します。「好きな絵描いて」とか「お母さんの顔描いて」と言われても何を描いていいか子どもは理解できません。また、イメージがわかなくて描けないときもあります。描きたいものを気づかせるときに最初から答えを出すのでなく考える間を大切にしたいものです。そして考えるとき、観察力を持っていることを信じることが大切となります。描きたいものには観察する力として聞くこと・見ること・触ること・匂いをかぐこと、口に入れたりすることなど感性が豊かでないと表現できません。

お母さんが先きに答えを出したり、与えすぎることで観察力をなくしてしまい絵が描けなかったり、作文が苦手になってしまう育て方にしていることを反省しなければなりません。問いかけをした後「間」として自分で考え、失敗する間を与え、できないのが当たり前でそこで一緒に悔しがります。そこで初めて助言をして「間」を取ります。そこには自分で考える力を育てるためです。自分で○○する主体的なときの間を大切にします。間がないのを間抜け、間がありすぎるのを間延びと言います。「間は魔物」と言う言葉を覚え、わが子の考えている時を大切にして自分から考える力を与えるのが家族です。

園長 飯田 和也

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