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教育「しつけ」は五年・十年・二十年先に花開く

2011年12月15日 木曜日

 

 何年ぶりかでお会いした以前保育者であった人から教えられたこと

教育「しつけ」は五年・十年・二十年先に花開く

研修会の最後尾でニコニコと懐かしい笑顔を見せて話しかけてきた人がいました。それは以前、保育者をしていた人でした。そして「私の話しを聞きたいので来ました、しかし、今は保育者をしていないので最後の列で聞かせていただいています。毎日、家の仕事を手伝っていて保育者をしていません、それは 嫁ぎ先の義父が病気で倒れ看病のため子どもたちと一緒の仕事を辞めました。しかし、数年前の講演で先生のお父さんが入院していた時の話しで、後わずかな命の最後のときに「がんばって食べないと・もっと栄養剤を飲んで頑張らないと」という言葉は「安易な励まし」で「飲めるだけでいいよ・食べられるだけでいいよ」という長く生きるために食べさせることや飲ませることでないという話しを聞いていたお陰で義父に対して頑張らせることなく、温かい気持ちで触れ合うことができました。先生の言葉を聞いていたことで 他の人とは違う態度ができ幸せな最期でした。このように涙を浮かべ両手で懐かしいという雰囲気で手を握ってきました。たった一言でも役に立つ事があるのだという事を実感しました。

この時の話し『安易な励まし』では「甘えたいときに励まされることほどやるせない」ことになり心を開くことが出来ません。そして特別な関心をもって聴くこと・また貴方死ぬ人・私は生きる人でなく『やがては私もそちらに逝きますよ』と言う気持ちで対応する大切さを改めて思い出しました。このように教育やしつけは五年・十年先の出会いと言います、研修会を受ける資格がなくてもお礼を言いたいと最後の列で涙の感謝の言葉を伝えられた時は感動でした。その日はテーマの一つに(親から幸せといつ言われましたか。またわが子に幸せといつ言いましたか)と話す日でした。この出会いから私自身、教育者として「幸せ」を味わう事が出来ました。

このような体験を通して教育者も親も言葉によって相手は数年先に役に立つことになる場合があると覚えていなければならないと感じました。親として黙っていてもわが子は判っているだろう、いつか理解するだろうというのでなく人生のどこかで役に立つ事を信じなければならないと思いました。言葉はその時聞いただけ・説明を受けただけであった事が、自分が苦しい時・悲しい時・辛い時にどのように対応したらいいかを必死になって願う時に思い出す事があります。特に、自分が苦しい時・辛い時にどう乗り切ったら良いかを願う時に父親の辛い時に乗り切った話し、母親が嫌なこと乗り切った体験、先生が悲しかった時に逃げなかった話し、友達が自分と同じように困難に出会ったときに切り開いた経験など『たった一言』が自分にとって慰められ、励まされ、勇気付けられることになります。また、泣いてばかりいて言葉に言い表すことができないときの言葉や肌のぬくもりが励みとなり生きる力に結びつきます。悔しい時・悲しいこと・辛い時の母親や父親、先生、友達からの共感によって救われることが必要となります。先生も親も友達も言葉やモデルによって将来に役に立つ事があるという実感した一日でした。従って、丁寧な言葉として判るように説明する事、またかかわりたくなるモデルとなって示すことで子どもは人を大切にし、言葉の使い方を身につけていきます。

「普通の親はしゃべる」「良い親は説明する」

『優れた親は示す』『偉大な親は子どもの心に火をつける』

しかし、問題な親や先生はしゃべりすぎる。

 

        園長  飯田 和也

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