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誠和幼稚園ブログ - 共に育つ

『わあ、上手』・『平気、平気』は共感ではない。

2011年2月2日 水曜日

乳幼児の心情「言葉に言い表すことが出来ない喜怒哀楽・気持ち」を大人が理解し、その子に対して愛し方・触れ合い方の中で「共感」するという態度によって、子どもは相手を大切にする「思いやり」が育ちます。

 共感とは「他人の体験する感情や心的状態、あるいは人の主張などを、自分も全く同じように感じたり理解すること。同感。」広辞苑。「他人の意見や感情を全くそのとおりだと感じること、また気持ち。」と、国語辞典には書かれています。

 何故「共感」が大切かは、子ども同士のかかわりの中で道徳性が芽生え、思いやりを身につけるためです。友達とのやり取りの中でお互いが欲求を出すことで争いとなり、けんかになる場合があります。例えば、二歳ごろになると玩具を取り合うこと、自分のしたいことを言葉で伝えることが出来なくて手が出たりして喧嘩になります。けんかの場面で相手に言いたいことが通じなく悲しい、悔しい、辛い気持ちになっているとき周囲にいる大人が、言葉に言い表すことが出来ない気持ちを代弁してくれたり、共感されることで救われた感覚になります。また、相手の心情を教えられることで、相手を受入れること・許すこと・認める気持ちが芽生えてきます。この大人による共感によって自己主張することや忍耐すること、喜怒哀楽の感情を調整することを学習します。このように誰かが自分の心情を気づいて共感されることで社会的な人や事象とのかかわりの中で相手の気持ちに気づいたり、共感する態度を養ったり、自分の感情を抑えたりして人間関係の距離感やかかわり方を身につけていきます。

 しかし、喧嘩は全て良くないという考えで喧嘩している姿を見つけて、喧嘩両成敗と両方の意見を聞かないで決め付ける態度、貴方が大きいのだから許しなさい、両方とも我慢しなさい、いつまで喧嘩しているの・もういい加減に止めなさいという態度では道徳的発達のおもいやりという態度は身につきません。喧嘩の場面での叱り方やことばのかけ方を保育者として身につけることが求められます。

 この共感するには、いかに相手の気持ちを理解できるかが大切と言えます。相手からのサインを受け止めるアンテナがなければ全く共感できません。おかあさんの顔を描いたとき『見てみて』と子どもから言われた時『わあ、上手に描けたね』といった言葉は共感にはなりません。子どもはおかあさんの顔の中で優しい眼をいつも見ているから、やさしい眼を見つけて「優しい眼かけたよ。」とサインを出したかも知れません。また、子どもを怒る時に、お母さんは大きな口と怖い眼で怒っているのを見つけたから「怒っている時の怖い顔、描いたの見て」と伝えてきたかも知れません。相手の描きたいものを見つけ、描きたいものを具体的に工夫して努力して描いている能力に対して「○○がそっくりだね。色も形も工夫して面白い・すばらしい」という努力している姿を見つけて言葉をかけることで知的発達を保障する言葉に結びつきます。

 何故「共感されることが大切かということ」の一つに、人を受入れる生き方・相手の気持ちを大切にする思いやりを身につけること、相手の行動に合わせようと人を愛する態度と最も結びついていることになります。周囲から愛され共感される態度が多い保育からクラスの中では先生や友達の話を聞く態度が育ちます。しかし、共感されていない触れ合いが多いと人間関係の中で人との結びつきが少なく自己中心的で、なんでも自分でする自立しているが冷たい態度になりやすい。人の話しをきちんと聞く態度に結びつきません。また、成長しても人の立場を理解しようとしない、集団で踊る時でも自分勝手に踊って周囲にいる人と関係ないという生き方、全員が話しを聞いているのに勝手にしゃべる態度、相手が悩み・苦しみ・辛いことを訴えているのにじっくりと聞こうとしない態度になりやすいといえます。

 発達援助の中で保育者は時々「上手・上手」「大丈夫・大丈夫」「へいき・へいき」「痛くない・痛くない」と言う態度をする場面が見られます。乳幼児はやっと靴がはけた。紐が結ぶことができた。ハンカチで手を拭くことができたといった満足感や充実感で「できた」 というサインを出したとき「上手・じょうず」 という言葉だけではがっかりしてしまいます。 同じようにせっかく造ったお面が破れてしまって悲しいと思っているのに「 大丈夫・ 大丈夫」とか、プールで水が眼の中に入ってしみているとき「平気・平気」と言われて辛いと感じてしまいます。庭で転んで膝から血がでていて痛いと思っているとき「 痛くない・痛くない」と言われ悲しいと感じている乳幼児です。乳幼児は「工夫し努力してできたときうれしい」と感じるが言葉がでないこともあります。また、転んでしまい痛すぎて言葉に言い表すことができないとき、母親から離されて余りにも悲しすぎて言い表せないときのサインを見つけるのが保育のプロと言えます。

 共感をするときに、知能を共感することよりそれまでの努力を見つけて共感するということがあります。乳幼児から大人を含めて「頭がいいね」と言われすぎると自分にとってできそうなことには意欲を持つが、失敗しそうなこと、できないかも知れないと思う頭の使い方をしすぎて新しいことに立ち向かう力を弱くしてしまうことがみられます。ブロックで失敗しながらタワーを組み立て努力したこと、縄跳びも毎日転びながら積み重ねをした努力で跳べるようになったこと、この努力を見つけ、気づかせるときに一緒になって共感する保育から「人や物を大切に生きる力やおもいやり」を身につけ新しい出来事に対して立ち向かう力となります。

 乳幼児の心情を理解し共感することで「人を愛し思いやる態度」に結びつきます



園長  飯田和也

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