岐阜県中津川市 学校法人 緑ヶ丘学園 誠和幼稚園|誠和幼稚園ブログ

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「保育は子どもを好きなだけでなく愛がないとできない」

2006年7月28日 金曜日

 この言葉は親として子どもに「しつけ」をする時に参考になります。子どもが大好きで保育者になる先生がいます。しかし、手遊びや折り紙を上手に教えることができればいい教育と思い込んで触れ合っていると自信をなくすことになります。上手にできないときの子どもに出会うとなんとかうまく折り紙を折らせたり、大きな声で歌わせたり、全部残さないで食べさせたりと言った「させる」事にこだわります。しかし、明らかにできないとどうしようもない感覚になり、カッと怒ったり、言い過ぎることになります。そのようなときに子どもの反応は意欲をなくしたり、ふらふらしたり、無視したり、ふてくされたり反抗します。

 子どもがかわいい、大好きといった捉え方だけで保育ができない場面です。このような時、子どもへの「愛」がないと子どもはこころを開いてくれません。保育の中で子どもへの「愛」とは、「将来、困難に出会ったときにも自分で乗り切ってね。また、自分で考える力を付けてね。友達やものを大切にして生きていってね。あなたには能力があるから自信を持って生きてね。」といった願いをもち、見守ったり、抱きしめたり、受け入れ、認め、共感して触れ合うことが重要になります。ここで失敗してもいいよ、間違っていてもいいよ、できないときもあるからね、でも、次はきっとがんばってね、と言った気持ちも入っています。しかし、上手に歌うこと、踊ること、速く走ることなど技術が上手に出来ることがいい教育、しつけと言った触れ合いだけでは子どもにとって利益になりません。このように押し付けられたり、できることがいい教育という態度からは、できる子にとっては楽しい、しかし、できない子、どんなに努力してもできないときは劣等感になる場合になります。上手にさせるだけではなく、一人ひとりの能力にふさわしい働きをし、能力を高めるには子どもへの「愛」がないと通じません。子どもは上手にできなくても自分なりにじっとよく見ていたり、聴いたり、味わったり、匂いをかいだりしている場合もあります。また、自分から友達や先生、お母さんの真似をしている場合もあります。さらには、自分なりに工夫して紙を折ったり、絵を友達や先生の真似して描いたりしています。そのようなときに、大人の指示したように上手にできない場合があります。しかし、自分なりに集中し工夫し、我慢して描いたり、つくったり、歌ったり、踊ったりしています。この自分の意志で判断し行動している「認知能力」の高い場面を見つけてくれるお母さん、先生、友達がいることで「受け入れられている」「認められている」そして「愛されている」と感じることになります。

 子どもが好きだけ、可愛いだけと異なり「愛」がある触れ合いをみていると、将来の生き方まで影響を与えています。お母さんやお父さん、先生から「愛」のある触れ合いを受けることで、大人を信じたり、友達を信じたり、我慢する態度を養ったり、他人をねたまなくなったり、自分から行動する心ができます。この愛されることから人を愛する行為が出来ることで、人の話をきちんと聴くことができるようになります。

 保育者になる学生には、ただ好きだけで仕事をしてほしくないと伝えています。子ども一人ひとりを愛するためには、自分を愛し、子どもたちの将来を願い、一人ひとりの個人差を見つける力を持つことといえます。さらには、できたところをただ「上手」とか「可愛い」と言った言葉だけでなく「・・を工夫したね」「・・をまねできたね」といった具体的な箇所を見つけ、共感することで子どもは愛されていると感じます。親も先生も子どもへの「愛」を大切にした触れ合いができれば子供たちは幸せな人生を歩むと信じていいます。親として家族と「愛し合える場」を大切にしたいものです。



園長  飯田和也

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