岐阜県中津川市 学校法人 緑ヶ丘学園 誠和幼稚園|誠和幼稚園ブログ

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「子どもを授かった喜びを味わっていますか」

2006年5月28日 日曜日

 子どもの行動を見るたびごとに「泣いてばかりいる」「食事が進まない」「トイレがうまくいかない」「喧嘩ばかりしている」「言葉の使い方が駄目」といった気になる行動ばかりを意識しすぎているお母さんが時々います。

 また、自分にゆとりがないと子どもの欠点ばかりをとらえる場合もみられます。自分が生きていくうえに人間関係でうまくいかないとき、隣近所の人との付き合いがむずかしいとき、お金が自由にならないとき、身体が丈夫でないとき、時間にゆとりがないなど辛いことばかりを意識しすぎていると子どもに眼が向かない場合もあります。子どもに眼が向かないと子どもから「生きる喜び」を味わうことになりません。親になったことの喜びは、わが子をはじめて抱いたときに「生まれてくれてありがとう。出会えてよかった、匂いを嗅ぐだけで嬉しい、見ているだけで感動する」出会いだと思います。そして「子どもから自分の生き方をみなおし、 生きる喜びともっと生きていたいという意欲」を与えられます。生きている中で辛いときほど子どもから乗り切る力を教えられ、人生の楽しみを味わうことになります。「様々な困難に出会ったとき」子どもが「お母さん」と抱きついてきたとき「抱きしめる喜び」を与えられ辛いことを一時忘れほっとするのではないでしようか。

 親として「自我能力」=「困難に出会っても逃げないで乗り切る力」を子育てから与えられていることを確認している親ほど力強い生き方になります。子どもを授かった喜びを意識して持つことが生きていくうえで大切になるのではないでしょうか。子どもの動きを見て、半年前を思い出すことで「あの泣いていた子が今は泣いていない」「片付けもできなかったのに今は元に戻すことができる」「友達と遊ぶことで汚い言葉を使うようになった」「トイレのスリッパをそろえることができるようになった」「ありがとうが言えるようになった」 といった子どもの発達を見つけることで大きくなったと喜ぶことができるはずです。 しかし、ゆとりがないと子どもの成長や発達を見る眼ができませんが、じっくりと子どものために腰を落ち着けて時間を割いて発達したところを 見つけるときが欲しいものです。一週間に一度でいいから取りたいものです。そのとき、半年前に比べると〇〇ができるようになっていると判断し、成長して嬉しいという思いで子どもを見つめるときを持ちたいものです。すると相手は「受け入れてくれるお母さん。 見つめていてくれるお母さん・お父さん」 という気持ちになり、自分は愛されているという感覚になります。すると子どもは親に愛され、認め、受け入れられているという気持ちになり、子どもも心をひらきます。 心を開くことで言葉や甘え方も変わり「お母さん、みて」と甘え上手になり、 そこで「こんなに大きく育ち、言葉も伸び、可愛い」という感覚になり子どもを授かってよかったという感覚になります。この子どもを授かった喜びを味わう生き方ができる親は幸いといえます。子どもがいるから嬉しい、そしてもっとがんばりたいという生きている喜びと生きていたいという意欲を味わうことになります。このような経験から親として子どもと共に困難に出会っても乗り切る力を与えられます。

 子どもの成長・発達を見つける眼を持たない親は「相手を受け入れる生き方」ができなく否定的な態度の強い生き方をしているのではないでしょうか。汚れないときの子どもの素直な心、親を信じ、愛されているときに甘えてくる可愛さ、気がついたら膝の中に入ってくる子どもの態度、そして、少しずつ成長している姿を見つけ、子どもを授かった喜び、さらに自分も成長することを気づく生き方を大切にしたいものです。 


園長  飯田和也

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