岐阜県中津川市 学校法人 緑ヶ丘学園 誠和幼稚園|誠和幼稚園ブログ

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「生きる力を育てる」

2006年4月28日 金曜日

 子どもは「生きている喜び」を味わうことで「生きていたい」という意欲を持つことになります。生きている喜びを親は子どもに味合わせているか見直したいものです。子どもがじっと蟻の動きを面白いと感じて観察している時、友達の描いている絵を素敵と思い真似した時、花がきれいに咲いているのを見つけて「きれいね」と親の前で言った時、また、自分なりに工夫して折り紙を折った時、親はどのような態度をしているか考えたいものです。「一人で遊んでいるからいい、真似なんかしては駄目、花がきれいなの当たり前、もっと上手に折れないの」といった無視・無関心・過干渉・期待過剰な態度で触れ合っていたら子どもは「自分でOOする」という主体性を身につけることはできません。

 発達とは、「自我能力」=困難に出会っても逃げないで自分で乗り切る力を身につけること、また、「認知能力」=自分で○○する・ 自分の意思で判断して生きていくこととも言われています。人は生きていくためには受け入れられたり、認められたり、共感されることで「生きている喜び」そして「生きていたい」という意欲に結びつきます。現代は「生きていたい」「何かしたい」という気持ちが少ない青少年が多いといわれています。わが子が生きる力を十分持っているか見直したいものです。上に上げた例は見なさい、真似しなさい、工夫しなさいといわなくても自分から全て行動している知的発達の高い場面となっています。このような場合「蟻の動き面白いね。」「友達の描いたのよく見ていたね、真似できてよかったね。」「花がきれいに咲いてるの見つけたね。とってもきれいだね」「友達と違って面白い折り方できて素敵だね」といった子どもの行為に対して共感することで子どもたちは変わります。無視されていたのが「受け入れ・認め・共感してくれる」という触れ合いから子どもは温かく感じることになります。大人から温かい触れ合いを通じて生きている喜びを味わうことになります。このためには「あなたのためにじっくりと腰を落ちつけてみていますよ。聴いていますよ。見守っていますよ」という態度を周囲にいる大人は要求されます。子どもは自分のこと愛して、一緒に泣いて、悔しがって、信じてくれる人が一人いることで生きている喜びをもち、自ら命を絶つこともないと思います。

 この四月という時期、進学・進級して新しい環境に出会った時に「生きる力」を与えてあげられる人になっていたいものです。自分のクラスの先生や友達は自分にとって優しい態度をしてくれるか、また、友達になってくれるのだろうかという緊張と不安、そして期待の入り混じった時です。このような気持ちのときに優しい笑顔を見せてくれる先生一人いたら安心します。また、やさしく判る言葉かけをしてくれるともっと安心します。泣いているときに「ここで泣いていいよ」という態度で自分を受け入れ、少しでも挨拶できたね、くつも自分ではけたね、食事も少し食べたね、おかずのにおいをかぐだけでいいよと、共感してくれる言葉が与えられることで自分から進んで遊んだり、話したり、食べたり、あそびたくなります。新しい環境に対して積極的にかかわることが出来なく見ていることを受け入れる時といえます。

自分のこと信じて愛してくれるお母さんが一人いたら、
自分のこと信じて見守ってくれるお父さんが一人いたら、
自分のこと信じて共に泣いてくれる友達が一人いたら、
自分のこと信じて出来ないとき慰め、励ましてくれる先生が一人いたら生きていたい、積極的に遊びたいという意欲に結びつくと思います。 


園長  飯田和也

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